マツダ・ファミリア

マツダ・ファミリア5代目(1980年-1984年)2

5代目FFファミリアは、とくに若者や気持ちの若いユーザーをがっちり捉え、アッと言う間に100万台を生産、マツダ復活を果たしたベストセラーモデルになった。
特に赤色が若者に大人気で、これに乗っていれば確実にナンパは成功すると言われた。
モテアイテムとして、リアウインドウに張られたTDLと苗場プリンスのステッカー、ルーフに載せたサーフボードも定番化し、「陸(おか)サーファー」なる流行語も誕生させるなど、「赤のXG」は社会現象となった。

1980年9月9月には、3ボックススタイルで4ドアの「ファミリアサルーン」がモデル追加され、これも成功を収めた。

1982年には「オートラマ」店向けに姉妹車のフォード・レーザーも発売され、また、1983年にはマイナーチェンジを実施しファミリア初のターボエンジン車であるターボも発売された。

5代目FFファミリアは、世界の著名な自動車と製作者に与えられる、多くの賞を受けている。
『1980-81日本カー・オブ・ザ・イヤー』、同年度の『ヨーロッパ・カー・オブ・ザ・イヤー4位』、アメリカのCAR&DRIVER誌による『もっとも意味深い新車賞』、オーストラリアのホイールズ誌『1980カー・オブ・ザ・イヤー』などである。

新技術では、83年に「SSサスペンション」の設計者が、財団法人自動車技術会より『中川賞』を受けた。

1980年代は、様々な社会情勢により日本国内の自動車需要は低迷をしたが、5代目FFファミリアはそれをものともせず快進撃を続けた。

82年には計3回、83年には計5回、国産小型車を代表するトヨタ・カローラと日産サニーを押さえ、国内市場ナンバーワンの販売成績をおさめた。
82年には、量産開始から27ヶ月で100万台の生産を達成し、それまでの世界最短記録であった、GMシボレー・サイテーションの29ヶ月、VWゴルフの31ヶ月を塗り替えた。

また、モータースポーツでも輝かしい功績を上げ、WRCモンテカルロ・ラリーではクラス優勝となっている。

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